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【サンティアゴ・デ・コンポステーラ】「巡礼の道」の終着地、「星の野原のサンティアゴ」

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巡礼者たちを迎え入れる大聖堂

巡礼者たちを迎え入れる大聖堂(Catedral)

 今日は、気ままに、ガリシア州サンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)にやってきました。真ん中のマドリッドから見ますと、北西(左斜め上)の方角に位置します。マドリッドからですと、特急で約7時間、夜行で約9時間半。バスですと、約9時間。「巡礼の道」の終着地、遠いです。

 サンティアゴ・デ・コンポステーラは、中世においては、エルサレム、ローマと並び称される、キリスト教の3第巡礼地の1つとして栄えました。9世紀初め、この地で聖ヤコブのお墓が見つかったというのが、巡礼地となった由来。なんでも、1人の司祭が、天に光る明るい星に導かれるままこの地まで来たところ、聖ヤコブのお墓を発見したのだそうです。一説によれば、「コンポステーラ」というのは、カンポ・デ・エストレージャという言葉の縮まったものだと言われます。「カンポ」はCampoで「野原」、「デ」はdeで英語のofと同じ「の」、「エストレージャ」はestrellaで「星」。つまり、「星の野原」です。「聖ヤコブ」は、スペイン語では、なぜか、スペルと発音がまったく違ってしまいますが、「サンティアゴ」といいます。これをdeと一緒に先頭につけて、現在の街の名前になったとか。「星の野原のサンティアゴ」。他の説としては、ラテン語で、初期キリスト教の「墓地」を意味するcompositumに由来するとも言われています。わたしは「星の野原のサンティアゴ」の由来の話が好きで、どこへ向かっていたか忘れてしまいましたが、バスで隣になったスペイン人の若い女性に、この話を話したことがありました。スペイン語を少しでも上達したいという気持ちがあってのことだろうとはいえ、非常に迷惑だっただろうな、と今更ながら反省しています。
 さて、その後、サンティアゴは、レコンキスタ(reconquista、キリスト教勢力によるイスラム教勢力からの国土回復運動)を通して、守護聖人になっていきます。苦戦に陥ると、白馬にまたがったサンティアゴが天から舞い降り、キリスト教軍を救うというのです。一方、フランスからピレネー山脈を越えて、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで通じる巡礼の道は、ヨーロッパとスペインを結ぶ大動脈として発展していきます。
ピレネー山脈を越え、東から、パンプローナ(Pamplona)ブルゴス(Burgos)レオン(León)を経て至る総距離は、約800キロメートル(日本の四国のお遍路さんは1,100~1,400キロメートル)。長い巡礼の道を踏破した巡礼者たちを、荘厳なカテドラル(Catedral)が迎えてくれます。スペインロマネスク様式の最高峰の1つに数えられる大聖堂です。中に入るとすぐにあるのが、3つのアーチからなる栄光の門(Pórtico de Gloria)。その中央の柱の上部に、サンティアゴ(聖ヤコブ)の彫像があり、右手に巻物、左手に杖を持って、巡礼者たちを迎え入れます。その柱の根元の部分は、5本の指のくぼみができています。何百年もの間、巡礼者たちがここに5本の指を置いて祈りを捧げてきたためにすり減ってしまったそうです。
 サンティアゴ(聖ヤコブ)へのお祈りを終えた後は、レストランやバルでおいしいものを食べましょう。ガリシア地方は、魚介類がとてもおいしいです。白ワインが進みます。そして、食事に色を添えてくれるのが、街にある大学の学生たちの音楽集団トゥナ(Tuna)が演奏してくれる、セレナーデ。彼らの演奏を聞きながら、夜は更けていきます。宿泊にはパラドールがお薦め。パラドールの中でも最高級の5つ星だそうです。わたしは、お昼頃、少し北に位置するア・コルーニャ(A Coruña)から電車でこの街に着き、カテドラルを参拝し、夕食を食べたあと、23時くらいの夜行列車で、次の目的地であるサラマンカ(Salamanca)を目指すべく、乗り換え地である、メディナ・デル・カンポ(Medina del Campo)に出発しました。今思えば、パラドールに泊まって、もう少しゆっくり、楽しめばよかったかな、と思います。
 市と、パラドールのホームページがありますので、ご興味があれば、どうぞ!

 最後まで読んでいただいて、有難うございました。

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